続・引越し話(橋本)

先ほどのブログを書いてから気がついた。

今回引っ越しをしてランクダウンを余儀なくされた設備が一つ。
新しい家はユニットバスなのである。

ユニットバス。

この日本人には到底受け入れがたい風呂とトイレのランデブー。
狭いスペースで家賃も下げたい、そして居住スペースを増やしたい。
こんな我侭を一挙に叶えてくれるのがユニットバスなのである。
引越しをするにあたって譲れないポイントの一つに入ってくる「風呂・トイレ別」。
そんなものは、金持ちにのみ許された状況なのだ。

そりゃ私も風呂とトイレは別に存在していただきたい。
湿気でトイレットペーパーは残念な感じになっていくし、
風呂からこぼれた水はトイレのスペースにまで飛び散る。
風呂に入る前に便意をもよおしたら、風呂の時間はズレこんでいく。
しかし背に腹は変えられない。
今回の部屋がエエカンジの家賃に収まったのは、ユニットバスのお陰である。

4年前に住んでいたマンションもユニットバスだった。
風呂の電気は暗く、シャワーカーテンを閉めたら、もうヒッチコックのサイコを否が応に思い出させるワンルーム。
深江橋のあのワンルーム。
西日が差し込み夏の夕方は、エアコンをつけても立ち入ることが出来ないあのワンルーム。
収納力がゼロで、溢れかえる所有物に埋もれて隙間で眠る事を余儀なくされるワンルーム。
鳩が巣を作って泣く泣く公園に巣を捨てたあのワンルーム。
お湯の出が「ジョ、ボジョ、ジョジョ、ジョワ、ジュジュ・・・」と申し訳程度に吹き出すシャワー。
否が応にもネガティブ思考が一点突破していくあのワンルーム。

あの部屋で書いた台本はとにかくネガティブに終わるものばかりだった。
「宗教に狂った母親を息子が殺して終わり」とか、「シャム双生児の双子の片割れが死ぬ」とか、「漫才コンビを目指した男子高校生が、コンビ解散を持ちかけれて殺す」とか。
死んだり殺したりばっかりじゃないか。

とにかく場所というのは大事で、住む場所を変えた私は「富士山が爆発して登場人物のほとんどが死ぬが、若い二人は逃げ切る」とか「無くしてたプラモを見つける」とか「戦争から逃げて故郷である日本にむかう」とか「お互いに犬を飼いたがる」とか、少しだけ前向きになっている気はする。
まぁ別に前向きな台本が書きたくて引っ越しているわけではないが、場所とか所持金の量とか、凄く俗っぽい事が原因で台本の質も変化するという事が言いたいのである。

さて、鮟鱇婦人はいかに。
ユニットバスからお送りしました。

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