阿呆の正解(橋本)

何とか苔生す箱舟に「了」の文字を打てた。
自分はどちらかと言えば「了」を打つのが早い方だという自負があったのだが、今回は苦戦、というより、書けるものしか書けない、という諦めからはじまったことが大きい。
演劇界には先人が数多おられ、数々の「了」が当たり前の様に打たれてきたはずだが、そのどれもの「了」は当たり前には有り得ない。
何処ぞの誰しもが「了」「終幕」「end」等々を打つのに、何かしらを捨ててやってきたはずだ。
そのどれもに敬意を評し、そのどれもに唾棄していたい30代である。

さて、今作が今までの作品と大きく違うところは、劇の主なるパーツとなる人物が偏狭的では無い、ということだ。
「鮟鱇婦人」の様に芸の道を極める為にすべてを投げ打つのではなく、「見参!リバーサイド犬」の登場人物の様に自分の陣地を守りぬくのでもなく、「幽霊’」の登場人物の様に誰しもを疑うのではなく、ただ誰しも、ただ受け入れるしかない、それでも、と思いつつも、生きていく、生きるしかない、死ぬしか無い、という選択肢をした人、そうでなかった人との寓話である。
一見そうではないのだが、いわゆる「普通」と呼ばれる人達のお話である。

「普通」という言葉の範囲はとてつもなく深く、おぞましく浅い。
その「普通」を生きる難しさこそが現代である。
しかし、「普通」を書かずして何が異境か、と私などは思う。
異境にいることは誰しも表明できる現在において、普通を表明できる人物こそ、特質なのだ。
だもんで今回の登場人物は、異境に生きている様に見えて、ただただ生きて、死んでいく人達だ。
ドラマはあるが、ドラマに生きない。
ドラマを望むが、ドラマが怖い。
夢はあるが、夢しかみない。
そんな人物達が織りなす世界だ。

私はあまり「笑い」を書いた覚えがない。
なぜなら「笑い」は日常に溢れており、演劇人が舞台で提示する必要性がないと思っていたからだ。
しかし、今回ばかりはそうではない。
「了」近辺まで、どこかズレた人物を見ていると「笑い」がこみ上げてくる。
本人たちはただただ必死なのに。

悲劇と喜劇は背中合わせ。そんな劇になりそうです。

さて、表題の「阿呆の正解」こそが、今回求める解なのだ。
小難しいことを考えている人達にこそくだらないと言わせ、楽観的な人達にこそちゃんとしたものが観たい、と言わせる。
それが今回の望むべき世界だ。
誰が喜ぶのか。きっとそれは、普通に阿呆な人達だ。
私達なのだ。
是非どうぞお見逃しなく。

 

 

 

小さな漁村を貫通する国道の山側に面した地区。
夏祭に向けた会合と称した酒盛りが開かれた夜。
村の小学校の校庭には既に櫓が組まれている様だ。
国道を挟んだ海に伸びる突堤の先では、カラスがギャーギャー鳴いている。

そんな喧騒を逃れる様に、主な舞台となる古い一軒家の居間は静かに佇んでいる。

長男と次男が国道を歩いている。次男はギターを背負っている。
三男が人目を忍んで居間にやってくる。
長男と次男の目を掻い潜る様に、三姉妹がこそこそと家の玄関前へやってくる。

三人の気配に気がついた三男は慌てて電気を消す。
真っ暗な室内に、三女、次女、長女の順に部屋の中へ。
三女はちゃぶ台を、次女はリュックを背負い、長女は布を被って顔を隠している。

無一文で都会から逃げてきた三姉妹。
三女が背負ってきた「ちゃぶ台」を、何故か「何か丸くてスベスベしたもの」としか認知できない人々。
後悔と希望が積りすぎて「今」が見えない人々が目指す「未来」とは。
今回も「記憶」にまつわる家族の物語です。

【大阪】
ウイングフィールド

2015年12月11日(金)19:30
12月12日(土)15:00 19:00
12月13日(日)11:00 15:00

ウイングフィールド提携公演・「旅劇」参加公演

【東京】
王子小劇場
2016年1月9日(土)19:00
1月10日(日)11:00 15:00

【出演】
長女/千田訓子
次女/大江雅子
三女/福井千夏

長男/田米カツヒロ
次男/松嵜佑一(A級Missinglink)
三男/東龍美

【料金】
一般/前売2,800円 当日3,000円
U-25割/前売2,500円 当日2,800円
高校生/1,000円(前売・当日とも)

【チケット発売中】

【大阪公演】https://www.quartet-online.net/ticket/kokemusuo

【東京公演】https://www.quartet-online.net/ticket/kokemusut

 

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