幽霊’(橋本)

苔生す箱舟の稽古も残り指折り数える程度となってしましました。
まだまだやれる事だらけで途方に暮れますが、やれる範囲が決まっているのが演劇。お客さんからは逃げられないからね。
とっても良く仕上がってる場とそうでない場があり、埋めるのか、他の策を練るのか。
俳優はこの混迷極まる本をとにかく真摯に受け止めうとして逸らされての連続の中で時間を重ねてくれてます。
最後に舞台にあがるのは俳優。自信と不安を半分ずつ持って上がってもらえる様に演出は試行錯誤。

さて、OMS戯曲賞の最終選考まで残っていた前作「幽霊’」は残念ながら選外となりました。
でもでもでも、とても勇気をいただいた選外なのです。
結果ではなく過程ではあると思うものの結果を欲しがる若造ですが、今回はとても有意義な選外だったなと思うのです。

1ページ足りないのではないか、と言われました。
私の思う戯曲は、読めば読むほど途方にくれる作品であって欲しい。
反面、私の作品があまりに不親切だ、ということも痛感する。
多分次自作の趣はまた少し変わるなとも思っている。(来年7月)
幽霊’が読めない、と言われると、苔生す箱舟はもっともっと読めない。
でも、もっともっと読んでほしいし、感じてもらいたい作品なのです。
死後の世界なんて誰にも分からない、だから誰でも書ける、だから、真剣に考えれるし、真剣にふざけれる。
誰しもに門戸を開く作品でありながら、誰しもの門戸を閉ざす作品。

生きる、死ぬ、の話を書くというのは、そういう覚悟が絶対に必要なのです。
その確信が持てたし、自分の足りない事も分かった、そんな選外だったので、本望でもあります。

でも天邪鬼な私は、苔生す箱舟こそ、今までで一番簡単な作品だと思っているのです。
本当、簡単なんです。君を生きればいい。それだけです。

幽霊みたいにただただ漂う私達は、ただ生きるしかないのだから。
死んだら笑うしかない。死んだら笑うことすら許されないのかもしれないけど、笑うんだ。
そういう世界を私は生きたい。

水木しげる先生に合掌。戦中戦後を生きた人が研いだ言葉には、なかなか勝てない。
でも、この生きてるんだか生きてないんだか分からない世界を行きている我々にも、書ける言葉はきっとあるはずなのだ。
あれとか、それとか、代名詞の世界だけで生きてける世界は、私にとって桃源郷なのだ。
きっとそんな世界は訪れない。許されない。
苔生す箱舟は、桃源郷で起こる悲喜劇です。

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