けじめとして(橋本)

新作「駱駝の骨壺」の上演まであと数日となりました。
通し稽古は安定して80分程度ですので、そのぐらいの上演時間となりそうです。
本番まであと数日ではありますが、この数日こそ一番空間を圧縮出来る期間なので、集中して臨みます。臨んでいただいております。是非ご来場をば宜しくお願いいたします。

さて、唐突な展開ではありますが、この作品をもって、私が「作・演出」する事は終わりにしようと思っております。大した実績を残している訳でも無いので、こんな事は書かずに終えればよいとも思うのですが、飽きやすいに定評のある私が15年間毎年欠かさずやってこれた稀有な行為なので、しれっと終えるよりも、自分へのけじめとして言葉にしておいた方が今後の為に良いと思った次第ですので、その経緯にご興味を持っていただける奇特な方がいれば、長くなりますがお付き合いいただければ幸いです。凄く長いですから奇特でない人はどうぞ「戻る」ボタンをクリックしてください。

今作は私なりにではありますが、「作」と「演出」の線引きをはっきりさせつつ、稽古で合流させる試みを行っております。普通の作・演出家はその試み自体自然にされているかと思うのですが、私は不器用なので、うまく分けて考える術を中々獲得できないでいました。15年。それが上演される作品にも、戯曲のみに焦点を絞っても、「粗」となっていた事に自覚はあるので、長い時間がかかっても、しっかりと線引きをした上で、作・演出としてより作品の質を高め、その時々の作品から引き出すべき立体的な空間を作り上げたいと願っておりました。

昨年からウイングフィールドにて花まる学習会王子小劇場のスタッフ、そしてファシリテータをお招きして、演出家の為のワークショップ「ディレクターズワークショップ」を行っていただいているのも、元はと言えば私自身がその企画概要を知った事で、「演出」に対して無自覚であった部分に大きく気付かされたからです。(勿論実施にあたっては、関西の若い演劇人が「演出」により自覚的になる機会を作る為に、ウイングカップでの本公演がよりよい作品の上演の機会となるために、強いては将来的に関西小劇場の観客の皆様にとってより良い上演が増えると思い企画運営に携わっております。)

2年間運営として携わりながら、劇場の企画担当として吸収させていただいた事も沢山ありますが、演出家として、劇作家としての自分にも大きな影響を与えていただいているのも事実です。

その結果、今作は先程述べたように、演出として俳優に意図をはっきりと伝える言葉も、少しずつではありますが獲得している実感があり、稽古でも一定の手応えを感じております。
ゆえに、なのかどうか、自分が書いた本を冷静に分析する事、そして公演作品として昇華する作業を両方行うと、自身にとてつもない負荷がかかる事も知ってしまいました。今までが怠けて作品を上演していたと思えるぐらいです。死にそうになりながらやっていたのに。
それは何故かと言いますと、作家として本に言葉を書き記す作業に対する熱量と、演出として空間を立ち上げる作業への熱量の向かうベクトルが一人の人格を越えて大きく開いてしまっている事に気が付き、「作・演出」として自分一人で受け持つにはその距離が離れすぎていて、自分の器に見合っていない事を改めて知ってしまった、というのでしょうか。簡単に言うと、両方やると気が狂いそうなるのです。今にも。ひぇ。気をつけます。
そんな事はもっと若いうちに知っておけと言われるかもしれませんが、私は、のらりくらりとやってきてしまったのです。お恥ずかしい限りです。

ここからは少し違う側面の話です。

私は15年間演劇を続ける中で、演劇に関する様々な作業に携わらせていただいております。
具体的に言うと、作、演出に加え、ウイングフィールドの企画、管理スタッフとして、宣伝美術家として、演出助手として、ワークショップの講師として、ときに役者としてまで。
ありがたい事に、決して大きくない大阪の小劇場演劇界のパイの中で、演劇に関わる事業だけで、何とかかんとか食べてはいける状態にまでなっております。決して楽が出来る経済状況では無いのですが、家賃を3ヶ月滞納して大家に家の中まで怒鳴り込まれたり、パスタに醤油だけ垂らして給料日までの一週間を乗り切っていた数年前の状況を考えると、現在は遥かにマシである事は確かです。本当にありがとうございます。

「演劇」という一つの言葉では収まりきらない多面体と自分なりに向き合ってきたので、今でもマルチタスクで対応出来ると考えているし、これからもその状況は変わらないのですが、昨年夏「SERVICE」の上演後、演出助手、チラシ作成3種、大阪でのディレクターズワークショップの立ち上げ、そして通常の劇場業務が重なり、関係各所にご迷惑をおかけしながらも何とかその期間を乗り越えた、というか、やり過ごした期間がありました。

迷惑をかけてしまった事で、人との関係構築に疲れてしまったのが現実であり、演劇に対して誠実に向かい合えていないという歯がゆさを強く感じたのです。
そして私はとても疲れてしまいました。唯でさえ覚束ない記憶力の減退を著しく感じてしまいました。固有名詞が全く覚えられない時期もありました。今も危うい。
その結果、ただ自分が楽にいられる場所として「三澤と銭湯」というブログ企画をはじめて自分を甘やかしてみたりもしました。
私が普段寄り付きもしなかった銭湯を三澤に案内してもらい、くだらない事を話しながら、酒を飲むだけ。そしてその状況を好き放題書いて、いつも戯曲で書く言葉とは違うラフなタッチで筆を滑らせてブログで発表する。そして反応がある。これは私にとってとても心地よい時間ではありました。ただ、やはり「作・演出」として上演が近づくと、三澤と銭湯に行ってる時間なんてない。無理やりにでもその時間を作っても良かったのかもしれませんが、上記の通り作品制作と平行して様々な業務に追われると、やはり優先順位は低くなってしまいます。

マルチタスクでこなせると思いつつも、タスクが重なると優先順位が分からなくなる。自分が疲れる事はしない方が良いと思いつつも、タスクの重要度は他者との距離や重要度から測りがちな私は、大抵見誤ります。(現在も待たせてしまっている仕事がある中でこの文面を記しているのも心苦しい限りなのですが…。書かないと先に進めないのです。言い訳ですね。すいません。これを書き終えたらすぐに取り掛かります。)最悪な事に、ときに無かった事にするという選択もしていた気がします。勿論そのツケは回ってきました。

なら本当にやりたいはずの「作・演出」と向き合う為に他の仕事を制限すればいいじゃないか、という話なのですが、ところがどっこい、今冷静に状況を分析するに、15年間色々な事業に携わらせて頂いた事で、自団体での「作・演出」の優先順位はかなり下がっているのです。それよりも「演劇」に専念出来る環境に在りたい。そう思っているのです。

さらに違った側面を。むしろここからが、正面かと。

万博設計では今回が7作目の長編新作をとなります。(今回が「万博08」となっておりますが、俳優設計での企画、短編上演をマイナス1、「見参!リバーサイド犬」の再演もマイナス1なのでマイナス2、旗揚げ公演は2作品上演でしたのでプラス1で、計7作品)この7作品は、前身団体の尼崎ロマンポルノを解散した際、自分で解散しておきながら失意の中にいた私を支えてくれて、現在も作品を裏でずっと支えてくれている万博設計メンバーの松尾、今野の二人がいたからこそ、続けて書き上げ、上演できた賜物です。
勿論携わっていただいた俳優、スタッフ、劇場関係者、執筆、広報にご協力いただいている方々、私的に支えてくれる人、そして観客の皆様のお力添えがあってこそではあるのですが、その骨子として二人の存在、行動がなければ、上演を続けなかったと強く思います。ありがとうございます本当。

ただ今年に入り、今野の妊娠が分かり(無事産まれた際には是非お祝いを!)現在はほぼ産休状態となっております。それでも書類の作成や関係各所とのやり取り、宣伝告知、仕事の遅い私の尻叩きまで、足が使えないならと手と頭を使って作業をしてくれています。(手を使って実際に尻を叩かれているわけではありません。)

松尾も多感な時期に入りつつある2児の父として多忙な毎日をこなしながら、毎週1回ほぼ必ず行うビデオ通話での会議に参加してくれ、助言、実行、そして私のフォローをしてくれています。本来なら俳優として関わりたいと思ってここにいるはずなのに。団体立ち上げ当初は、彼がまさかここまで粘り強く携わってくれるとは思ってもみませんでした。
二人が実際に現場に顔を出せない分、自分なりにではありますが作品の上演に関わる現場の事を誠心誠意行わせていただいておりました。
しかし、今野の出産が来月を予定しており、子供が産まれればこの体制を維持する事は難しくなる事は容易に想像できます。唯でさえ今野は大阪に住んでいない事により制限されていた実働部分が大幅に削られる、強いては実務は何も出来ない、となっても仕方のないことです。何より、子供をめちゃくちゃ大事にして欲しいですし。

なら外注の枠を増やして、というのも有りなのですが、正直外注を増やしても実働部分で私にかかる負担は今以上に多くなるのは目に見えております。それに助言してもらえる、金が出るわけでもないのに助けてくれる存在というものは、作品創作をする身としてはとてつもなく大きい存在なのです。これだけ支えてくれた今野が人生の岐路に立っているのに、子供はいいから書類作れ、とはよう言えません。
そんな状況を踏まえ、来年の公演を考える会議の際に、毎年行ってきた新作を当たり前のように上演する企画を立てる気力は、私には残っていませんでした。

「これ以降万博設計で自主企画をするなら、自分の新作はやりたくない。」

それが私の中から溢れた言葉でした。

さらにちょっとだけ違った側面。

今作、告知に関して色々やっておりますが、足を使った告知に関してはかなり後手後手に回っている自覚があります。
俳優さん4人は稽古を必死でこなしながらも、告知まで頑張っていただいております。
ただ本体である万博設計が、告知を死ぬ気で頑張れない状況は、やはり健康的な団体とは言えません。観客があってはじめて演劇があるという手垢まみれの言葉を、私は強く信じております。たとえ私の作風が一般受けしないものであったとしても、今稽古場にあるこの風景は確かに本物に近づいているのだと信じているからこそ、多くの観客に目撃していただきたい。

なのに、まだ見ぬ観客と手を繋ぎたいという意思表示を100%行えない状況には、耐え難い悲しみがつきまといます。私は多角的に演劇を観ていたいからこそ、この状況はとても歯がゆく悲しい。しかし、二人にこれ以上を望むには、生活のウェイトが重すぎる。私一人でやるのは無理すぎる。

新メンバーを募集して一緒に育っていければ良かったのですが、そんな余裕も考えも無く、ただ遮二無二上演を続けてきたからこその末路です。これは今から劇団を立ち上げたいとか思っている無謀で素敵な若い方にも知っていて欲しいことですが、一人では演劇を作れないからこそ、他者と作品を創る場や時間を維持する為に、団体の新陳代謝は絶対に必要です。それを行えない団体には、団体としての死が待っていると思います。それでもやるという人には、敬服しかありませんが、あまり精神衛生上宜しくないと思います。いつか老いて、追い込まれていくから。(才能がある方には自然と人が集まってくると思うので、才能のある方にとってはどうでも良い事だとも思います。)

だからと言って、団体を解散しようとは思っておりません。何故なら、私は作品を発表する場として、企画を実行する場として、万博設計がまだまだ必要なものだからです。

色々書きましたが、上記のような状況に陥ったのは、只々私の不徳の致すところなのです。ただ、ネガティブな状況をこれ以上含み続け、雪だるま式に大きくした上でしがみつく事では無いと冷静に判断出来たので、私にとっては成長だとすら思っています。

万博設計を育んでいただいた関西小劇場には、素晴らしい劇作家の方が大勢いらっしゃいます。若い作家にも、凄いと素直に思える作家が少なからずいます。勿論、関西圏外、そして海外にもまだ見ぬ作家が大勢いる訳です。そして長い演劇の歴史の中で積み重ねられてきた戯曲の山の中から今と重なる本を掘り起こす事まで想像すると、とてもワクワクするのです。自分の中にだけ潜む言葉と向き合う時間よりも、より良い作品として昇華できる機会が沢山存在する訳ですから。

そして、作家として費やす時間を手放す事で、観客と手を取る行為に対しても誠実に時間をとりたいのです。
私が書かなくてもいいや、と言いたいわけではなく、違う目線で言えば、私以外の方ともっと向き合う環境にいる事こそ、私が演劇と誠実に向き合える一番の手段だと今は信じれています。それは劇場業務でも、チラシ作成でも、ワークショップでも、何でも同じ事です。

じゃあ何故戯曲を書いていたのか。

それは私の中に渦巻く形にならない思いともつかない何かを言葉にすることで向かい合いたかったからです。今作、駱駝の骨壺も、まさにそうです。
とにかく自分と向き合う事、その中から少しでも他者と繋がるかもしれないと叫んでいる言葉を引っ張り出し書き記すこと。その行為はどうやら1度しかない私の人生にとってとても重要な行為のようです。
なので、私は書くことも辞めないはずです。これからはいつと決めて書く訳ではないので、今までよりは根を詰めて書くことは無くなるとは思いますが、細々とでも、まだ見ぬ俳優に向けて、まだ見ぬ観客に向けて書く言葉を溜めて、記していくはずです。こればっかりは、成ってみないと分かりませんが。まぁ、マイペースに、記していきたいと今は思っております。

 

という訳で、何が言いたいかと言いますと、話は冒頭に戻って、今作を観ていただきたいのです。決して安くはないチケット料金ではありますが、私以外の俳優、スタッフの時間も力も才能も尽くしていただいての上演になるはずです。とにかく、この世界が「在る」と認知していただき、反応を確かめたいのです。その反応が、皆様の生活に少しでも反映されたら嬉しいです。
今作は「死」を扱った作品なのですが「生」に執着するからこそ、生まれた作品です。生きる事を改めて問い直す。その先に見える風景を想像する。そんな時間を劇場に立ち上げたいです。なにより、俳優を追いかけて楽しんでいただける作品にいたします。

 

最後にこの文章について。

演劇にはまだまだ見つけられていない多種多様なアプローチがあるはずと、欲張りに抱え込もうとして苦しくなった。だから、15年続けた行為を一度手放してみて、改めて演劇と向かい合うのも良いのではないかと思えた。それを言いたいだけの文章です。いい加減鬱陶しいですよね。私も読んでいて、「自分大好きかよ」とツッコミを入れたい気持ちでいっぱいです。この文章はそんなツッコミにすら疲れているからこそ溢れてしまった言葉かもしれません。言葉を書いて人に伝えるって、やっぱり難しいですね。こうやって言い訳くさい事を申し添えないといけない文才の無さがめんどくさいから書く事から遠ざかってしまうのかもしれません。正直ツイッターでは「うんこなう」って言ってたい人ですし。
今回は札幌にも伺います。初めて観劇していただける方も多いはずなので、今からとても楽しみです。その思いは、場所が変わっても、作品との関わり方が変わっても、変わらないです。演劇を通して誠実に向き合えるように、楽しんで参ります。今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。
まずは何より、駱駝の骨壺を宜しくお願いいたします。

そしてよくぞ最後まで読んでいただきました。6000文字ですよ。ここは。

 

万博設計 橋本匡市

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