それは違うレイヤーで処理してください(橋本)

文章で伝えた方がスムーズだと思っていたのに、稚拙な文章になってしまって余計なトゲを察知させてしまう事案があり、いかんいかん、怒ってないですよー!って雰囲気が伝わるようにと会いにいったり電話したりLINEのスタンプで伝えてみたりと。でも結局溝が深まるばかりで、コミュニケーションの手段の問題じゃねぇってなるわけですけど。

だもんで出来るだけ冷静に問題点を洗い出して分析する。

違うレイヤーで伝えるべき事を、同じレイヤーで伝えていた。これ。

最近デザインのお仕事もさせていただいているので、レイヤー別に考える癖ができ始めている。
レイヤーというのは何かと言うと。
一枚の絵を作るときに背景と人を同じレイヤーに配置すると、描きなおすときに背景と人が混ざって「あ~~~!!!!糞が!!!!別のレイヤーで作れやぼけかす!!!!!!!」ってなるんですね。
つまり、種類が違うものはレイヤー分けといたら描きなおすときに楽、という便利なものが、レイヤーです。

レイヤーを分けておくと、楽。

これ大事なので2回書いておきます。
でも、同じ土俵で語ってしまう。これ。
そう。レイヤー=土俵かな。

なんなんでしょうね。冷静に判断すれば同じレイヤーで語ると損な事ばかりなのに、同じレイヤーで語ってしまう。

楽だからです。

力士とボクサー、どっちが強い!?
とか知りたいじゃないですか。

いや違うんですよ。土俵とリングでしょうよ。
そこ、間違わないようにしようよと。

自分という視点は一点。自分の視点だけで考えれば楽。
でも他者と接するときは、視点は一点ではない。
他者の視点が存在するなんて、当たり前に理解出来ることなんですけどね。
演劇の対話なんてそれの連続とも言えるわけで。
10年以上やってても、体現できない。
嗚呼、世阿弥さんすいません。

で、レイヤーが重なる場所にこそ、可能性があるはずなんです。
なぜならレイヤーが重なる場所は、違うもの同士が出会う場所だから。
演劇はそこ醍醐味じゃないですか。
醍醐味のシーン、たいてい出てる人しんどいシーンですけど。

しんどいが、やるしかない。
レイヤーを分けつつ、レイヤーが重なる場所を探そう。

今、社会的に問題なってる案件諸々。
大体、レイヤーを一緒くたにしてしまってる気がするんですよ。
タイムライン上では、全部同じレイヤーに配置されますから。
ハラスメント上だと、同じレイヤーだと信じちゃうわけですから。

タイムラインハラスメント上は、異種格闘場。
殺し合いというレイヤーで戦える人しか、生き残れませんから。
あー。アメリカの大統領とか、そんな感じかも。

でも、本当のところ、それレイヤーの場所間違ってませんかね。
あなたとかなたは違う土俵だって、知っていきましょう。
私というレイヤーは殺し合いなんかしたくないですね。
私は楽しくレイヤーが重なる場所を探っていきましょう。

それでもどこかで、違うレイヤーを同じだって言う私を違うレイヤーに閉じ込めるわけです。

むっず。

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